いままでどれだけ話題になろうと朝の連ドラを観ることなどなかったのだけど
なんとなく気が向いたので観てみることにした。
”貧乏な漫画家とそれを支える妻”という構図が、
”貧乏絵描きとそれを支える妻”という、うちの両親の構図と重なって
つい見入ってしまう。
”貧乏絵描き・・・”などと言うと、それでも私を立派に4年間大学にまで通わせてくれた
両親に申し訳が立たないが、それでも決して裕福な家庭であったとは言えまい。
父の名誉のために言っておくと、決して「売れない画家」ではなかったと思う。
右腕一本で我が家を支え、私を育て、大学まで出してくれた。
葵祭で知られている地元の神社には、おととし父の描いた絵馬が奉納された。
絵馬が奉納されるのは、112年ぶりのことだそうだ。
「神様に絵を奉納すると、気に入られてすぐ神の世に連れて行かれる」などと
冗談交じりに言っていた父だが、次の年に脳こうそくで倒れ、本当に連れて行かれるところだった。
それでも何とかこの世に留まることが出来たのは、いい年して嫁にも行かず東京でふらふらと
働いている娘を心配に思ってのことだったのか、はたまた神様とそりがあわなかったのか。
心配の種であっただろう嫁入りはその後果たしてしまったので、他に何か心配事を
残しておいた方が良いのだろうか、などと最近いろいろ考えている。
そんな父だが、いい話ばかりではない。
絵の代金が入るや否や集金袋を持ったまま祇園に出かけ、空にして帰ってきてしまうような人で、
母はよく、「あぁしないといい絵が描けないというのだから、必要経費とでも思っとくわ。」と
苦笑いしていたのを覚えている。どうやら絵描きに必要なのは画材だけではないらしい。
実際、そうした場で知り合った方から仕事の話もいただいていたようなので、
必要な「付き合い」でもあったのだろうが、幼心に「絵描きとだけは結婚すまい・・・」と誓った。
そんな思いも手伝ってか、小学校の卒業文集で、「将来の夢は?」という質問に対してでかでかと
「社長夫人」と書いていた。自分で社長になってやろうと考えないところがちょっと情けない。
「ゲゲゲの女房」でも、生活が苦しく電気も止められてしまうような状況にあるにも関わらず、
茂が原稿料をもらった帰りにそのお金で戦艦プラモデルを買って帰るシーンがあって、
なんだかどこかで聞いた話だと、ちょっとおかしくなった。
案外、みんなそんなものなのかもしれない。
かくいう私も仕事で稼いだ給料を、やれ展示会だー、イベントだー、作品作りだー、に費やしている。
結婚して1年半が過ぎ、周囲にはそろそろマイホーム購入の話もでているというのに、だ。
血は争えないのか。。。
母に話したら「何やってるの、アンタは!!」と、きっと叱られるに違いないので
いまだに、創作活動をしていることは秘密にしてある。
昔から「絵描きにだけはなるな。」と言われて育ってきたので、なおさら言えない。
それでもいつか京都で展示会を開いて両親を招き、驚かせてやろうと考えている。
いつ神社の神様に呼ばれるかわからないので、早く実現しないとなぁ。
- 2010.06.16 Wednesday
- タワゴト
- 00:58
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- by tatumo






